※注意
この記事では具体的な漢方処方名を挙げて説明をしておりますが、確実な症状緩和を約束するものではありません。漢方薬は個々の体質や「証」に合わせた選択が必須となりますので、ご使用にあたっては医師または薬剤師にご相談下さいますようお願い申し上げます。
結論
とても有用な選択肢になると考えています。
以下で詳細に記載していきたいと思います。
自宅療養中の対症療法
新型コロナウイルス感染症により自宅療養となった場合、発熱や頭痛などの症状に対しては市販の薬にて対応することもあると思います。おそらく、発熱に対しては解熱薬を、咳に対しては咳止め薬を選択することが多いのではないでしょうか。これらは西洋薬と言われるのですが、症状ごとに成分を使い分けて効果を発揮する西洋薬に対して、主な症状と体質を総合的に見て体のバランスを整えることで症状を緩和していくのが漢方薬です。
漢方薬は療養終了後に続いている症状に対しても使うことができ、「なんとなく体がだるい」などの一般的な薬では対応しにくい症状に対しても効果を期待できるのが強みです。
検査をしても異常が見つからないのに調子が悪い方に漢方薬は良い選択肢となります。
漢方処方の候補
代表的な漢方処方を記します。
・補中益気湯
・十全大補湯
・葛根湯
・麻黄湯
・麻黄附子細辛湯
・小柴胡湯
青字記載の補中益気湯と十全大補湯は無症状の方の選択肢として有用であり、橙色記載の葛根湯、麻黄湯、麻黄附子細辛湯、小柴胡湯は軽症の方の選択肢として有用です。
中等症以上になってしまった場合は原則入院加療となりますが、そうなる前の早い段階で対応することにより、重症化する可能性を下げることができると思います。
それぞれの選択のポイントとしては、
十全大補湯:体力の低下に伴う疲労倦怠や食欲不振がある方に用います。
上記の2剤は似たようなものと言われることもありますが、浮腫みがちであれば補中益気湯を、顔色が青白く肌が乾燥している場合などでは十全大補湯を選択する傾向にあります。
この2剤は比較的長期に連用しても問題になることは少ないと思います。
麻黄湯:葛根湯同様に自然発汗が無い方に用います。関節痛や筋肉痛が顕著で、熱症状や咳がより強いことが選択の指標になります。
麻黄附子細辛湯:自然発汗があり、自身に熱感が無く、背部に悪寒を伴い喉がチクチクするような症状がある高齢の方や虚弱な方に用います。
小柴胡湯:上腹部が張って苦しく、微熱、吐き気、倦怠感などがある方に用います。著しく虚弱な方には用いないようにします。
葛根湯や麻黄湯の内服を始めるタイミングは頭痛や発熱などの症状を認めた時点です。PCR検査前から内服していることが望ましいと思います。内服の開始が遅くなると効きが悪くなる可能性があります。
内服開始後の注意点としてはジワジワと汗が出始めたら内服量を半分以下に減らす、または終了する方が安全です。内服前から自然にジワジワと汗が出ている方や著しく虚弱な方には用いない方が良いです。汗が出始めているのに内服を続けると虚脱のような状態になる可能性が出てきますので、概ね3日間程度の服用期間を目安にしておく方が良いと考えています。葛根湯や麻黄湯が役目を終えた後は、その時の症状や状態により小柴胡湯などへの切り替えを検討します。
葛根湯と麻黄湯の副作用としては動悸や血圧が高くなることや、緑内障の眼圧を上昇させたり、前立腺肥大の症状を悪化させる可能性がありますが、通常の用量内であれば大きな問題になることは少ないと思います。
副作用ではないのですが、麻黄湯は内服後に鼻血が出てしまう方がいらっしゃいます。これは効果が出ている証ですので過度に心配する必要はありません。
その他の漢方処方
中国の新型コロナウイルス肺炎診療ガイドラインを見ると、清肺排毒湯を始めとして藿香正気カプセル、金花清感顆粒、連花清瘟カプセル、疏風解毒カプセルなどの記載がありますが、日本国内での入手が難しいものもあります。もし入手できたとしても、例えば清肺排毒湯は通常国内で使用される生薬よりもかなり多い分量が含まれており、3日ごとに継続の可否を評価する必要があることや状態に合わせて生薬を加えたり除いたりする必要があることから、自己判断での服用は控えるべきだと思います。
上記の処方の代用に関しては、感染症学会のCOVID-19感染症に対する漢方治療の考え方(改訂第2版)1)に記載されているものの一部を引用して紹介したいと思います。
・軽症から重症まで幅広く使われうる清肺排毒湯の代用案
→麻杏甘石湯+胃苓湯+小柴胡湯加桔梗石膏 左3剤を一緒に服用
ただし、70歳以上は成人1日量の2/3-1/2
麻杏甘石湯:痰が切れにくく、喘鳴を伴う頑固な咳に用います。
胃苓湯:口渇、嘔吐、尿量減少などの症状に対して用います。
小柴胡湯加桔梗石膏:頭頸部、上気道領域の炎症性疾患に用います。
症状により、麦門冬湯や竹筎温胆湯の追加も考慮が必要。
甘草による偽アルドステロン症※には注意が必要。
※偽アルドステロン症:「手足のだるさ」「しびれ」「つっぱり感」「こわばり」がみられ、これらに加えて「力が抜ける感じ」「こむら返り」「筋肉痛」が現れて、だんだんきつくなるといった症状が現れる副作用です。
・軽症で胃腸の不調を伴う場合の藿香正気散(かっこうしょうきさん)の代用案
→香蘇散+平胃散 左2剤を一緒に服用
香蘇散:胃腸虚弱で神経質な方のカゼの初期に用います。
平胃散:腹部膨満感のある食欲不振や胸焼けに用います。
・軽症で発熱を伴うが悪寒が無い場合の金花清感(きんかせいかん)顆粒、連花清瘟(れんかせいうん)顆粒、疏風解毒(そふうげどく)膠嚢(顆粒)の代用案
→黄連解毒湯、もしくは清上防風湯、もしくは荊芥連翹湯、もしくはこれらの組み合わせ
黄連解毒湯:比較的体力があり、のぼせ傾向でイライラする傾向がある方の炎症に用います。
清上防風湯:黄連解毒湯に皮膚疾患を緩解する効果を加味した処方です。
荊芥連翹湯:上気道の炎症が慢性化したもので、分泌液が比較的膿性の方に用います。アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎にも用います。
上記の代用案は、適応症だけを見ると違和感がある方もいらっしゃるかもしれませんが、中医学では悪寒が無い場合は温病(うんびょう)と考えて治療を行うため、熱(炎症)を冷やしながら発散解熱する漢方処方は理に適ったものと考えられます。
ちなみに、軽症で発熱を伴い悪寒もある場合は初めに紹介した葛根湯や麻黄附子細辛湯が選択肢となります。また、味覚障害や嗅覚障害がある場合は急性期に葛根湯が選択肢となり、解熱後の神経再生には人参養栄湯や当帰芍薬散が適すると考えられているようです。
まとめ
漢方薬は科学的根拠を示すことが西洋薬に比べて難しいように思います。いくつかの漢方処方においてはランダム化比較試験やメタアナリシスも行われており、有意差が得られたものもありますが、その一方で薬理学的機序が不明なものもあります。根拠に乏しい治療を推奨するのはいかがなものかと言う考え方も理解できます。しかし、西洋医学だけでは解決できないこともあると思います。科学が進歩していない時代に発展してきた漢方薬は西洋医学の手が届かないところにも対応することが出来るのではないかと考えています。
・参考文献
1)一般社団法人日本感染症学会COVID-19感染症に対する漢方治療の考え方(改訂第2版)
https://www.kansensho.or.jp/modules/news/index.php?content_id=147
2)厚生労働省新型コロナワクチンQ&A
3)中国新型コロナウイルス肺炎診療ガイドライン
4)岡村信幸 病態から見た漢方薬物ガイドライン第3版 京都廣川書店