この記事では新型コロナウイルスワクチンの情勢について整理したいと思います。
以下の順番で記載をしていきます。
- ワクチンの承認状況と開発状況
- 有効性と安全性
ワクチンの承認状況と開発状況
承認の時系列は以下のようになっています。
2021年2月14日:ファイザーの新型コロナワクチン 薬事承認。
2021年5月21日:モデルナの新型コロナワクチン 薬事承認。
2021年5月21日:アストラゼネカの新型コロナワクチン薬事承認。
2021年6月1日:ファイザーの新型コロナワクチンの接種対象が12歳以上へ拡大。
2021年8月3日:モデルナの新型コロナワクチンの接種対象が12歳以上へ拡大。
ジョンソン・エンド・ジョンソンの新型コロナワクチンが承認申請中。
本記事の執筆時点(2021年9月2日)で国内で使用可能なワクチンはファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3種類です。また、塩野義製薬や第一三共なども臨床試験を行っており、海外ではサノフィやノババックスなどが臨床試験を行っています。以下に概要を示します。
・塩野義製薬はワクチンの効果を高めるアジュバントを変更し、再度臨床試験を行っています。これはSARSやMERSに対する研究結果から安全性が確立されている点を重視して選択した旧アジュバントでは中和抗体価が十分に高まらなかったため、変更の必要性が生じたようです。
・第一三共のmRNAワクチンはファイザーやモデルナのmRNAワクチンとは異なり、ヒト の細胞に結合する部位のみのmRNAを使用しているようです。また、新型コロナウイルスとは直接的には関係のない自然免疫を引き起こす物質を除去することで、副反応の原因となるタンパク質の産生を抑えられる可能性があるようです。
・アンジェスは現在進行中の第2/3相試験の結果が出る前に高用量の第1/2相臨床試験を開始しています。日々の変化に遅れをとらないように先々と対応を行ったようですが、個人的にはこの対応は疑問に思います。
・KMバイオロジクスはインフルエンザワクチンなどでも使用されている不活化ワクチンを開発しています。増殖能力を失った新型コロナウイルスを使用することで、より多様な抗体産生が期待できるようです。
・VLPセラピューティクスのmRNAワクチンは自己増殖型と言われ、少量の接種により体内で十分な抗体が作られ、持続時間も長くなることが期待されるようです。
・ジョンソン&ジョンソンのワクチンは1回接種で済み、免疫応答は8ヶ月持続したとのデータがあります。一方で、ギランバレー症候群のリスク上昇の可能性が報告されました。ギランバレー症候群とは、手や足に筋力低下、チクチクする感覚、感覚消失などの症状が出る神経障害です。
・サノフィはワクチンの製造を日本で行う方針であり、委託企業は塩野義製薬の新型コロナウイルスワクチンの製造も受託しているようです。
・ノババックスは9月にも許可申請を行う見通しだったようですが、製造工程の問題や材料の問題で遅れが生じており、国内の供給に関しても不安が残ります。
有効性と安全性
この項では、国内で使用可能なファイザー、モデルナ、アストラゼネカのワクチンについて記載します。
有効性
基本的には、大きな違いは無いと考えています。
有効性のデータを見た時、95%有効だったワクチンと66%有効だったワクチンでは、95%有効だったとされるワクチンの方が良さそうに見えると思います。しかし、この数字同士は単純な比較ができません。なぜなら「異なる時期、異なる地域で行われた試験」だからです。ウイルスの変異株の影響も考えられます。また、有効性を評価する際は、感染予防、発症予防、重症化予防、入院予防、コロナ関連死亡の予防などの、どのデータなのかを確認することが重要です。一般的には感染予防や発症予防の数字がメディアで取り上げられることが多いように思いますが、基本的にはどのワクチンも接種により重症化の予防や入院者数を抑える点で有効であると考えられ、打てる時に打てるワクチンを打つことが大切であると思います。
安全性
現段階で分かっていることや考えられることを記載したいと思います。まずは話に挙げられる頻度は高いものの、稀な副反応であるアナフィラキシー、血栓症、心筋炎に関して記載します。
・アナフィラキシー反応
国内では100万回接種あたりファイザー4件、モデルナ0.7件と報告されており、ほとんどは1回目の接種時に発生しています。
・血栓症
10万~25万回接種あたり1件程度といった報告があります。
・心筋炎
国内では100万回接種あたりファイザー0.7件、モデルナ1.1件の報告があります。
上記の3つの副反応はいずれも発症頻度が低く、過度な心配は不要と考えられます。
比較対象を挙げるとすれば、市販の感冒薬における重大な副作用のスティーヴンス・ジョンソン症候群の発症頻度が100万人あたり1人~10人であることや、薬以外では航空機事故の確率が100万フライトあたり1件~2件などではないでしょうか。似たような確率ですが、ワクチンの副反応を心配する方の中でも風邪薬の内服を避けたり、飛行機への搭乗を拒む方は少ないのではないかと思います。
一方で、新型コロナウイルス感染による後遺症は頻度が高く、国内の報告では全体で76%の方に何らかの症状が最低でも14日間は残ったとされています。
これらのことを踏まえ、ワクチンは接種するメリットがデメリットを上回ると結論付けられています。
個人的な考えですが、ワクチンを接種して血栓症や心筋炎を発症してしまう方は、万が一コロナウイルスに感染してしまった時、さらに重篤な血栓症や心筋炎を発症する可能性が高いのではないかと思っています。ワクチンによる長期的な影響は現段階では不明ですが、それでもワクチン接種のメリットは大きいと考えられます。
次に比較的頻度が高い副反応に関してですが、いずれのメーカーの副反応も似通っており、短期的な症状である可能性が高いです。
アストラゼネカのワクチンは現時点で国内のデータに乏しく、モデルナのワクチンはファイザーのワクチンと比較して副反応が起こりやすいことを示唆する結果が出ているようなので、ここではこの両者の違いについて考えてみたいと思います。
考えるにあたってコミナティ筋注®(ファイザーのワクチン)のインタビューフォームとCOVID-19ワクチンモデルナ筋注®(モデルナのワクチン)のインタビューフォームを比較してみました。
気になったのは、ファイザーのワクチンのmRNA量が30μgであるのに対し、モデルナのワクチンのmRNA量が100μgであった点です。投与量がどのように決められたのかを確認するために用量設定試験を見ると、ファイザー社は10μg、20μg、30μgで比較試験を行った結果、30μgでの中和抗体価が最も高く安全性はどの用量でも懸念が認められなかったことから30μgと設定されていました。一方でモデルナは25μg、50μg、100μg、250μgで比較試験を行った結果、100μgで有効性と安全性のバランスが取れたことから100μgと設定されていました。仮にファイザーが40μgや50μgでも試験を行っていたら、承認結果や長期の有効性は違ったものになっていたかもしれません。
構造についてはファイザーのワクチンは4284個のヌクレオチド残基からなる1本鎖RNAであり、配列の記載もあるのですが、モデルナのワクチンには情報がありませんでした。
明確にわかる違いはmRNA量だけのようですが、筋肉注射後に体内で起こることを考えると、mRNA量の違いが副反応の違いに関わっているように思います。具体的には、注射により筋肉細胞内に入ったmRNAはすぐに翻訳されタンパク質が作られます。そのタンパク質は細胞内で加工され、免疫応答開始の合図となります(MHCクラスIに提示され細胞性免疫が活性化されます)。加えて、細胞に発現している完全な形のウイルスタンパク質は生体にとって異物となります。細胞が死んだ時、このタンパク質もまた免疫応答開始の合図となります(MHCクラスIIに提示され液性免疫の活性化へとつながります)。つまり、mRNAの量が多いということは、翻訳されるタンパク質も多いということになるため、免疫応答も強くなることが予想されます。この点がファイザーのワクチンよりもモデルナのワクチンで副反応が多い傾向にある理由として考えられるのではないでしょうか。
こう考えると、副反応の程度と抗体価に相関は無いとされていますので、両者に大きな差は無いと分かっていても、副反応が少ない傾向にあるワクチンを接種したいと思ってしまう私なのでした。
以上、現時点での新型コロナウイルスワクチンの情勢でした。
ワクチンの情報整理や不安軽減にお役立ていただけましたら幸いです。
参考文献
1)厚生労働省 新型コロナワクチンについて
2)塩野義製薬株式会社ウェブサイト 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンS-268019の新製剤を用いた第1/2相臨床試験の進捗に関するお知らせ 2021年度第1四半期決算資料
3)第一三共株式会社ウェブサイト
4)アンジェス株式会社ウェブサイト 広報ブログ
5)KMバイオロジクス株式会社ウェブサイト 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンKD-414の第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験開始のお知らせ
6)VLP Therapeutics Japan合同会社ウェブサイト
7)国立大学法人大分大学ウェブサイト 令和3年度8月学長記者会見
8)ヤンセンファーマ株式会社ウェブサイト
9)サノフィ株式会社ウェブサイト プレスルーム
「サノフィ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン候補の有効性を評価する第 III 相臨床試験を日本においても開始」
10)NOVAVAXウェブサイト Clinical Trial Protocols
11)CDCワクチン情報 https://www.cdc.gov/vaccines/acip/meetings/slides-2021-06.html
12)朝日新聞Reライフ.net <連載>ワクチンを知ろう
13)COVID-19に関するレジストリ研究 研究実績
14)コミナティ筋注インタビューフォーム
15)COVID-19ワクチンモデルナ筋注インタビューフォーム
16)バキスゼブリア筋注インタビューフォーム
17)日本RNA学会 飯笹 久 mRNAワクチン:新型コロナウイルス感染を抑える切り札となるか?